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クラウド運用のその先へ、 AWS・Azure・Google Cloudを超えるSRE統合戦略

1.はじめに:マルチクラウドの「分断」がもたらす課題
近年、企業のクラウド活用は高度化し、AWS・Azure・Google Cloudといった複数のクラウドサービスを同時に利用する「マルチクラウド戦略」が一般化しています。「いっそ1つのクラウドに統一した方が効率的では?」と考える方もいるかもしれません。確かに理想論としてはシンプルですが、実際には統一できない、あるいは統一しない合理的な理由が存在します。
例えば、部門ごとに最適なクラウドサービスを選んでいる企業や、顧客やパートナーとの連携要件により複数クラウドを使い分けているケースも少なくありません。さらに、近年の大規模障害を受けて、BCP(事業継続計画)上の観点から、クラウドベンダーの障害に備えて冗長化を図る目的でマルチクラウド構成を選択する企業も増加傾向にあります。多くの企業では、「やむを得ず使っている」のではなく、「戦略的に選択している」ケースも増えています。
しかしその一方で、マルチクラウド運用には大きな落とし穴もあります。クラウドごとに異なる監視ツールや運用フローを採用することで、障害対応が分断され、情報共有やノウハウ蓄積が難しくなる結果、全体の信頼性を損なうリスクが高まっているのです。
本記事では、こうした「クラウドの違いによる運用の分断」を乗り越えるためのSRE統合戦略について解説します。
2.背景:なぜマルチクラウドは難しいのか
AWS、Azure、Google Cloudといった主要なクラウドプロバイダーは、それぞれが独自のアーキテクチャやサービス体系、運用モデルをもっています。これにより、特定の要件に最適なサービスを選択できる一方、プラットフォームごとに求められる専門知識や設計思想が異なるため、運用チームに大きな負荷がかかります。
例えば、監視一つ取っても、AWSではCloudWatch、AzureではAzure Monitor、Google CloudではOperations Suite(旧Stackdriver)を使う必要があります。これにより、監視ルールの設定やアラート対応フローが複雑化し、システム横断的な異常検知が困難になります。
さらに、開発・運用プロセスにおいても、ツールやテンプレートの使い分けが必要になることで、ノウハウの断片化=「知識の孤島化」が発生します。特定クラウドに精通した担当者がいなければ障害対応が遅れ、障害の再発防止策も標準化されにくくなるのです。
こうした分断された運用体制は、組織の成長とともにボトルネックとなり、結果的に「クラウド活用が逆に信頼性リスクを高めてしまう」という本末転倒な状況を引き起こします。
3.解決策:SREによる統合戦略とは
このようなマルチクラウド運用の分断を乗り越えるための鍵となるのが、SRE(Site Reliability Engineering)を軸とした統合戦略です。SREは、Googleが提唱した信頼性を管理するアプローチであり、クラウド環境における可用性・パフォーマンス・障害対応を一貫して設計・運用するための強力な手法です。
このSREの考え方をマルチクラウドに適用し、全体最適の視点から信頼性の統一管理を実現するアプローチを提案します。以下がその主なポイントです。
3-1. プラットフォーム横断の統合監視基盤
各クラウドの監視ツールをAPIやエクスポーターで統合し、DatadogやGrafana Cloudなどを活用して一元的なダッシュボードを構築。異なる環境のメトリクスやログも横断的に可視化・アラート設定が可能になります。
3-2. 共通SLO/SLAの設定とトラッキング
クラウドごとに異なる可用性基準ではなく、サービス横断で整合性の取れたSLOを設計することで、信頼性の可視性を向上させることが可能です。その達成状況をエラーバジェットで管理することで、信頼性の「許容可能な範囲」を明文化し、ビジネス的な意思決定と連携できます。
3-3. 運用プロセスの標準化と自動化
IaC(Infrastructure as Code)を活用し、クラウドごとに分かれていた構築・更新作業を統一テンプレートで管理。CI/CDパイプラインにSREのレビュー工程を組み込むことで、変更の影響を事前に評価し、運用ミスを削減します。このような統合戦略により、マルチクラウド環境でも「どこで何が起きても同じ水準で信頼性を担保できる」状態を実現することが可能になります。
4.技術戦略:統合運用を支える実装ポイント
SRE統合戦略をマルチクラウド環境で実現するためには、思想や方針だけでなく、具体的な技術の実装レベルでの整備が不可欠です。ここでは、主要な技術的施策を紹介します。
4-1. マルチクラウド対応監視ツールの活用
Datadog、New Relic、Grafana Cloudといった監視ツールは、マルチクラウド環境での統合に非常に有効です。これらのツールは各クラウドサービスのメトリクス、ログ、トレースをAPI経由で収集し、一つのダッシュボードに統合して表示することができます。さらに、統合された監視環境上でアラートルールや異常検知ロジックを共通化することで、クラウドに依存しない標準化された障害対応体制を構築可能です。
4-2. Infrastructure as Code(IaC)による構成管理
TerraformやPulumiといったIaCツールを使えば、AWS・Azure・Google Cloudのインフラ設定をコードベースで一元管理できます。例えば、マルチクラウドにわたるリソース構成を共通のモジュールにまとめることで、プロビジョニングや構成変更が再現性をもって行えるようになります。各クラウドの仕様差を吸収するために、共通モジュールの設計には抽象化と柔軟な変数設計が求められます。共通モジュール化を進める際は、すべてを一つの形に統合するよりも、共通のインターフェースとクラウド固有の設定の切り分けが重要です。
また、GitOpsの考え方を組み合わせることで、インフラ変更もCI/CDパイプラインに統合し、自動化とセキュリティを両立した運用が可能になります。
4-3. 共通SLOとエラーバジェットの管理
信頼性の指標となるSLO(Service Level Objective)やSLA(Service Level Agreement)をプラットフォーム間で統一することで、全サービスに共通の信頼性メトリクスを適用できます。これにより、クラウドの違いに関わらず、どのサービスが信頼性を損ねているかを定量的に判断できます。
エラーバジェットの活用は、SRE戦略において重要な意思決定ツールです。たとえば、リリース頻度を上げる際にSLOを超過している場合は、まず信頼性改善を優先するなど、信頼性と開発スピードの最適バランスを調整できます。
5.まとめ
マルチクラウド環境は、柔軟性と選択肢を企業にもたらす一方で、運用の分断や信頼性の低下という新たな課題を引き起こします。こうした状況を打破する鍵となるのが、SREの統合戦略です。
本記事で紹介したように、SREを軸に据えた統合運用を実現することで、以下のような成果が期待できます。
- クラウド横断での可視性と信頼性の統一
- インフラや運用プロセスのコード化による一貫性の確保
- 共通SLO/SLAに基づく透明なサービス品質管理
- 障害対応の迅速化と運用効率の向上
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