2025年7月アーカイブ


  1. はじめに:なぜクラウド移行後に運用が不安定になるのか?
  2. 静的設計のままではスケーラビリティが活かせない
  3. 自動化なき運用は信頼性を損なう
  4. 見えないものは守れない:可観測性の再設計
  5. 金融業界におけるSRE導入の典型例:運用課題からの脱却
  6. セキュリティとコスト最適化:持続可能なクラウド運用のために
  7. まとめ:SREによる運用再設計がクラウド成功の鍵


1.はじめに:なぜクラウド移行後に運用が不安定になるのか?

多くの企業がクラウド化を進める背景には、スケーラビリティの確保や設備コストの削減、災害復旧性能の向上があります。企業のデジタル変革に向けた投資が活発化しており、既存システムのクラウド移行やモダナイゼーションが広範な産業分野で実施されています。

しかし、移行後に「障害が増えた」「コストが読めない」「運用担当者が混乱している」といった課題に直面する事例も多々あります。これは、オンプレミス時代の固定的・硬直的な運用思想をそのままクラウドに持ち込んでしまった結果です。

このズレを埋めるカギとなるのが、信頼性を重視する「SRE(Site Reliability Engineering)(※1)」です。Googleを発端に体系化されたこの考え方は、「SLI/SLO(サービスの品質指標と目標)」「自動化」「可観測性」「エラーバジェット」などの概念で構成されており、クラウド時代において運用品質を支える重要な手法を示します。


2.静的設計のままではスケーラビリティが活かせない

オンプレ環境では「最大想定負荷に合わせてリソースを余裕を持って設計」するのが一般的でした。しかしクラウドにこの発想をそのまま持ち込むと、高負荷時以外でも無駄な支払いが続き、コストが膨れ上がります。

クラウドで求められる設計とは、アクセス変動に応じて自動的にリソースを増減する「オートスケーリング」、耐障害性を確保する「マルチAZ/マルチリージョン(※2)」、そして再現性・変更管理のための「Infrastructure as Code(IaC)」です。

IaCを用いれば、TerraformやCloudFormationで環境をコード化し、変更プレビュー・差分適用といった機能で構成ミスを防ぐことができます。こうした柔軟かつ安全な設計が、クラウド活用の前提となります。


3.自動化なき運用は信頼性を損なう

クラウドでは環境構成の変更が頻繁に発生します。手作業での設定やデプロイではヒューマンエラーや構成ドリフト(※3)が避けられません。これにより、障害の原因追跡が困難になり、対応時間も伸びてしまいます。

そのためには、構成管理の自動化が不可欠です。TerraformやPulumiなどのIaCツールでコード化し、GitHub Pull Requestフローで承認・レビューを行います。また、GitHub ActionsやGitLab CI/CDなどを活用して、テスト済みの変更のみが環境へ反映されるようにします。

Kubernetes環境では、ArgoCDやFluxのようなGitOpsの導入が望ましく、構成ドリフトを防ぎつつ継続的なデプロイ運用を実現します。これにより、運用の再現性と信頼性が格段に向上します。


4.見えないものは守れない:可観測性の再設計

クラウド上では、サービスがAPI、Lambda、コンテナ、DBなどに分散し、構成も頻繁に変化します。従来の「CPU・メモリ監視」だけでは、サーバレスやマイクロサービスの挙動を把握できません。

ここでSREが導入するのが、「SLI」(応答時間、可用性などの指標)と「SLO」(その目標値)という考え方です。SLI/SLOを明確に定義することで、何が正常でどの程度の性能が求められるかが可視化でき、それに合わせて監視・アラート設計が可能となります。

監視ツールの選定も重要です。CloudWatchやAzure Monitorのようなクラウド統合型ツール、Datadog・New RelicといったSaaS型サービス、そしてPrometheus+GrafanaのOSSスタックを、システム規模と組織の成熟度に応じて組み合わせることが効果的です。また、誤検知やアラート疲れにも注意し、通知の質と粒度を最適化することが肝要です。


5.金融業界におけるSRE導入の典型例:運用課題からの脱却

SREの支援現場では、以下のような課題を抱えるケースが多く見られます。

例えば、ある金融系企業のクラウド移行プロジェクトでは、オンプレミスからAWSへ基幹系システムを段階的に移行した後、ボーナス支給時のピークアクセス時にAPIのレスポンスタイムが著しく悪化し、一部処理にタイムアウトが発生する事態が生じました。

調査の結果、リソース構成がオンプレ時代の静的なスペック設計を踏襲していたため、Auto Scalingの設定が不十分だったことに加え、モニタリングもインスタンス単位に留まっており、サービス単位での可視化やSLO設定が行われていなかったことが原因とされました。

SREチームは、インフラ構成のIaC化をTerraformで実施し、API単位のSLI/SLOを策定。CloudWatchとDatadogを統合してリアルタイムでの可観測性を強化し、Auto Scaling Groupの最適化とエラーバジェット管理の導入により、次のような改善が見られました。

  • 可用性は99.95%レベルに安定
  • 平均復旧時間(MTTR)は60%以上短縮
  • 運用コストは25%以上削減

このような取り組みは、あくまで一例ではあるものの、SREの導入が運用信頼性と効率の両立に大きく貢献することを示しています。


6.セキュリティとコスト最適化:持続可能なクラウド運用のために

クラウド環境は、柔軟な拡張性とオンデマンドなリソース利用を可能にする反面、管理を誤るとセキュリティ上のリスクやコストの肥大化といった問題に直面しやすい領域でもあります。特に、クラウドの利便性を優先した結果、運用が属人化したり、過剰な権限や不要なリソースが放置されたままになったりすることが少なくありません。

最小権限によるIAM設計

クラウドでは、ユーザーやシステムに必要な最小限のアクセス権限のみを与える「Least Privilege(最小権限の原則)」を徹底することが重要です。初期段階では利便性を重視して広範な権限を付与しがちですが、本番環境や長期運用においては、これがセキュリティインシデントの原因となることもあります。

この課題に対処するためには、以下のような工夫が有効です。

  • IAMポリシーをTerraformなどのIaCツールでコード化し、権限変更の履歴を明確にする
  • SSO(シングルサインオン)と一時的なセッションベースの認可を組み合わせて、常時高権限アクセスを防止
  • Pull Request(PR)ベースの承認フローを用い、運用チームによるレビューを標準化する

このような設計により、セキュリティと透明性の両立が可能になります。

可視化と自動化によるコスト管理

「使った分だけ課金される」クラウドの仕組みは、使い方によっては非常に効率的ですが、逆に「使っていないのに課金される」ケースも少なくありません。リソースの増減が容易な反面、不要になったサービスがそのまま放置され、コストが継続的に発生することがあります。

このような無駄を抑制するには、次のような対策が効果的です。

  • コストの可視化:AWS Cost Explorer や Azure Cost Management などのツールを活用し、リソース別の支出を定期的に確認する
  • タグポリシーの整備:プロジェクト、チーム、用途ごとに必須タグを付与し、責任の所在を明確にする
  • 不要リソースの検出と削除:Lambda や EventBridge を用いたスケジュールスクリプトで、未使用リソースを定期的に洗い出し・削除する
  • 割引プランの活用:Reserved Instances や Savings Plans を活用し、長期利用が見込まれるリソースに対してコストを最適化する
  • 異常支出の監視:AWS Cost Anomaly DetectionやAzure Cost Management Alertsなどの異常検知機能を使い、急激なコスト増加をリアルタイムで検知する

クラウドコスト最適化

これらの取り組みは、一度の導入で終わるものではなく、運用体制の中に「定常業務」として組み込むことが大切です。セキュリティとコストの最適化を継続的に実施することで、持続可能なクラウド運用基盤を構築できます。


7.まとめ:SREによる運用再設計がクラウド成功の鍵

これまで見てきたように、クラウド移行は単純な「新しい場所」への移行ではなく、運用文化の根本的な変革を伴います。SREはその変革を加速させ、信頼性・拡張性・可観測性・自動化・セキュリティといった多面的な指標での品質担保を実現する重要な手法です。

導入は段階的に進められるため、「SLI/SLOの定義」「IaCによる構成管理」「CI/CDでの自動化」「Postmortem(障害後の事後分析)の習慣化」といったステップを、中長期的に設計してください。

クラウド運用の成熟には、技術支援だけでなく組織の文化や仕組み作りが重要です。私たちアクセルユニバースは、設計から運用定着まで包括的にサポートします。まずはお気軽にご相談ください。

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参考

※1: 詳しくは 「SREとは?現代のITインフラを支える新しいアプローチ」 を参照ください。

※2:マルチAZ/マルチリージョン:複数の物理拠点(データセンター)にサービスを分散して配置し、障害時の影響を最小化する構成

※3:構成ドリフト:インフラの実際の状態がIaCで定義された状態と一致しなくなる現象



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